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搭乗ゲートでカンガルー騒動?!」7000万人が信じた“飛行機カンガルー動画”の真相──AI時代に真実はどこへ

先日、SNSのタイムラインを眺めていた私は、ふと手を止めざるを得ない動画に遭遇した。一見すればごく日常の空港のワンシーン。しかし、そこにはあり得ない光景が映っていた。

登場人物は人間と……一匹の搭乗券を手にした“カンガルー”だったのだ。

空港での一幕、しかし「主役」はカンガルーだった

動画の舞台は搭乗ゲート前。カメラは正面から捉えている。そこでは、一匹のカンガルーが直立不動で搭乗券らしき紙を握りしめ、驚いたような、やや心配そうな顔を浮かべてじっと人間のやり取りを見つめていた。

カンガルーの目の前では、その飼い主と空港職員らしき人物が口論をしている。音声は聞き取れないが、ジェスチャーや表情の雰囲気から、緊張感あるやりとりであることがうかがえる。

この一見シュールな構図が、X(旧Twitter)を中心に爆発的な拡散を見せた。特に、@DramaAlert という大手アカウントによる投稿は7460万回以上の再生回数を記録し、Instagram上でも110万超の「いいね」がつくなど、まさに“バズ”の真骨頂だった。

だが、それが完全なフェイク──AIによる生成動画だったと誰が想像しただろうか?


完璧に騙された理由:進化しすぎたAIと、人間の“信じたい”心理

この動画の“リアルさ”を裏付ける要素は多々ある。たとえば、カンガルーの毛並み、目線の動き、まばたきの頻度、登場人物の動き──すべてが極めて自然で、違和感はほぼゼロだった。まさに、「こんなことってあるのかもしれない」と思わせる絶妙な演出。

だが注意深いユーザーたちは、その「ほころび」を見逃さなかった。

まず第一に、カンガルーが持っていた「搭乗券」。そこには意味不明な文字列が並んでおり、明らかに実在しないフォントや記号で構成されていた。

次に、人間たちが話している言語。音声があったとしても、内容は意味不明。明確な言語体系を持たない“創作語”のようなものだったという。さらに、空港職員の胸についた名札には文字が一切なく、ただのプレートに見える。

そして極めつけが、登場人物の指輪がシーン中で「突然現れる」という現象。これらの矛盾点が、「これはAI生成だ」という判断の決定打となった。


発信源を辿ると、そこには“無限の非現実”が広がっていた

動画の出所を探っていくと、それはInstagram上のアカウント@InfiniteUnrealityであることが判明した。その名の通り、「無限の非現実(Infinite Unreality)」をテーマにしたAI生成コンテンツの専門アカウントであり、今回のカンガルーの他にも、座席に座るカバ、搭乗手続きをするキリン、ベビーカーに乗るブタといった、突飛なシーンを多数投稿している。

このアカウントは、一応プロフィール欄に「AI生成である」ことを示す記載をしているが、それは非常に小さく、注意を払わなければ見逃すレベルのものであった。

さらに、多くの再投稿アカウント──とくにX上で拡散した大手アカウント群は、このAI生成である旨を一切明記しないまま拡散。これが混乱に拍車をかけた。


なぜ人々は騙され、また騙されたいのか?

ここには、2つの側面があると感じる。

1つは技術的な背景。Googleが開発したAI動画生成モデル「Veo3」などをはじめとする、現代の生成AI技術は、もはや人間の目では識別困難なほどの精度に到達している。まばたきの間隔や光の反射、筋肉の収縮まで再現されており、従来の「変な違和感」がほとんど消えたのだ。

もう1つは、人間の心理的な盲点。私たちは「ありえないけど、面白い」「本当だったらすごい」と感じるとき、疑うよりもまず信じてしまいたくなる傾向がある。コメント欄に「このカンガルーマナー良すぎ」「人間より礼儀正しい」といったジョークが並ぶことで、むしろその「非現実」が現実味を帯びてしまうという“逆転現象”すら起こっていた。


真実を見抜くための「魔法」──SynthIDとは

では、このようなAI生成コンテンツが急増するなか、我々はどうやって「本物」と「作り物」を見分ければよいのだろうか?

答えの一つが、Google DeepMindが開発した「SynthID」というツールだ。これは、Google系のAI(Gemini、Imagen、Veoなど)が生成した画像・映像・音声・テキストに対して、見えない「デジタル透かし」を埋め込む技術である。

この透かしは、動画の画質を落とさずに、フィルター加工・トリミング・ファイル変換といった編集にも耐えるよう設計されている。 ただし、現段階ではGoogle製AI限定であり、他の生成ツール(Midjourney、Stable Diffusionなど)には非対応であるため、万能とは言えない。


結びに──「嘘」を「真実」として扱う時代に

200年前、曹雪芹は『紅楼夢』でこう記した。

「假作真时真亦假,无为有处有还无」
偽りが真実として信じられるとき、真実もまた偽りと化す。虚無が存在とみなされるとき、本当の存在も消えてしまう。

今、我々はまさにこの言葉の現代的再演を目撃しているのだろう。

可愛いカンガルーが空港で立ち尽くす──それはただの「夢」だった。だが、その夢は、確かに私たちの“現実”を揺さぶった。

そして、これからもその揺さぶりは続いていくだろう。

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