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「AIおもちゃ」は子どもだましじゃない──熱狂と苦悩が交差する新産業のリアル

2025年、テクノロジーと暮らしの境界はますます曖昧になっている。そして、今ひとつの注目分野として急浮上しているのが「AI搭載のおもちゃ」だ。

子どもと話すぬいぐるみ、日々の気分を察して寄り添うロボット、学習をサポートするインタラクティブなデバイス。そんな「未来のともだち」のようなプロダクトが、今、中国を中心に台頭している。だがその熱狂の裏側には、開発の難しさ、マーケティングの誤算、高すぎる期待と失望が渦巻いている。

これは単なるガジェットの話ではない。日本の玩具業界や子育て世代、さらには感情ケア領域の企業にとっても無関係ではない新たな波だ。


中国の広東省、深圳をはじめとする地域では、AI搭載おもちゃの開発と生産が急拡大している。背景には、中国政府が推し進める「AI×生活産業」政策がある。2025年、国家工業情報化部はAIおもちゃを「産業アップグレードの新たな成長エンジン」と位置づけ、技術企業と製造業の連携を後押しする姿勢を明確にした。

これに呼応するように、各地方都市も具体的な支援策を打ち出している。例えば、江蘇省揚州市ではAIぬいぐるみの実証実験拠点を設け、最大200万元(約4000万円)の補助金制度を用意。広東省では、2027年までに業界全体の売上高を1兆円規模に引き上げ、AI搭載商品の普及率を30%以上にするという具体的な目標を掲げている。

このように政策と市場の両輪で進むAIおもちゃブームだが、実際の現場では課題も山積みだ。


多くの人が「子ども向けだから簡単だろう」と考えるこの分野。しかし、関係者の多くが口を揃えるのは、「想像以上に難しい」という現実だ。

そもそも、AIを内蔵しただけで魅力的な製品ができるわけではない。ユーザーが求めるのは、単なる応答ではなく“心が通じる”体験である。これを実現するには、感情認識、会話の文脈理解、ユーザー記憶、キャラクター性といった複数の要素が有機的に機能しなければならない。

たとえば、ある企業が開発したぬいぐるみ型のAIロボット「芙崽(Fuzozo)」は、顔の画面表示や音声応答だけでなく、ユーザーが下あごをなでると反応を返す触覚センサーを搭載している。これはユーザーの利用傾向を分析した結果、「猫のようにあごを撫でたくなる」という行動パターンが多かったため導入された仕様だという。感覚的な満足感をいかに演出できるかが、購入後の満足度に直結しているのだ。


こうした“情緒的インタラクション”を実装するには、試作と改善の繰り返しが不可欠である。プロトタイプの段階では、ユーザーとの距離感や発話タイミング、声質まで細かく調整される。ある開発者は「中性的で心地よい声の設計には、何度も録音を重ねた」と語る。

加えて、製品に既存の人気キャラクター(IP)を使う場合は、さらにハードルが上がる。企業はキャラクターの世界観や話し方を忠実に再現しなければならず、その精度によってはライセンス許諾を得られないこともある。たとえば、人気ヒーロー「ウルトラマン」の使用許諾には1年近くの交渉とデモ制作が必要だったという。

このように、表面上は可愛いAIおもちゃでも、裏では高度な技術と繊細な演出の積み重ねがある。


一方で、開発の敷居が下がったことで、粗製濫造も加速している。ChatGPTなどの大規模言語モデルの普及により、今や誰でもオープンソースのAIを活用して会話型デバイスを作ることができる。実際、多くの中小メーカーが数十元(数百円)レベルのAIモジュールを組み込み、即席の商品化に走っている。

しかし、こうした製品の多くが「中身の薄いトーキングトイ」に留まっていることが、業界全体の**高い返品率(30〜40%)**につながっている。あるインフルエンサーがライブ配信で売ったAIおもちゃは、1万台以上を売り上げたが、返品率はなんと60%にも達したという。

つまり、技術的には作れるが、ユーザーの期待を超える体験を届けるのは非常に難しいのだ。


それでも、希望はある。業界は今、「単なる売り切り」ではなく、「継続的なサービスとしてのAIおもちゃ」へと舵を切り始めている。

例えば、サブスクリプション型の課金モデルを導入し、一定時間以上の対話には追加料金が発生する設計にすることで、長期的な価値提供と開発費の回収が両立できるようになってきている。また、AIキャラクターの“育成要素”を取り入れ、使えば使うほど性格や反応が変わるといった**「ともだち感覚」の演出**にも注目が集まっている。

芙崽では、個体ごとに記憶や成長履歴が異なり、ユーザーとのやり取りの中で少しずつ性格が変化するように設計されている。これにより、**「うちの子だけの存在」**という唯一無二の価値を生み出している。


教育現場への応用も始まっている。英語教育を支援する「LOOKEE口語侠」は、ケンブリッジ式の英語スピーキングテストに準拠した教材を備えながら、日常会話をAIと楽しめるよう工夫されている。子どもが飽きないよう、ポイント制やバッジ報酬などゲーミフィケーションも取り入れられており、学習と遊びを融合させた設計が高評価を得ている。


AIおもちゃ市場はまだ“過渡期”にある。熱狂は徐々に落ち着き、今は淘汰と成熟の入り口に差し掛かっているとも言える。

この先、生き残っていくのは、単に技術力のある会社ではないだろう。「子どもの気持ちに寄り添えるか」「親の不安に応えられるか」「知育と癒しの両立ができるか」。そうした“人間の本質”にどれだけ誠実に向き合えるかが、最大の差別化要因となる。

テクノロジーに「ぬくもり」を宿せるかどうか──そこに、未来のおもちゃの姿がかかっている。

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