年末が近づくたびに、久々に帰省する人々の耳には、あの決まり文句が再び飛び交い始める。「そろそろ結婚は?」「良い人はいないの?」——そんな親族の“圧”に悩まされる人は少なくないだろう。
だが2025年の今、「結婚しろ」と言ってくるのは、親だけではない。人工知能(AI)までもが、“理想のパートナー探し”に乗り出してきた。
アメリカ発のAIスタートアップ「Keeper」が最近話題を集めているのは、同社が打ち出した“5万ドルプログラム”の存在だ。AIが相性の良い相手を選び、実際にその相手と結婚した場合にのみ、成功報酬として5万ドルを支払うという、前代未聞の仕組みである。
一見すると突飛にも思えるこのビジネスモデル。だがその裏には、「AIが人生最大の選択に責任を持てるのか?」という、極めて現代的かつ本質的な問いが隠されている。
AIが“縁結びの神様”になれるのか?
「Keeper」が他のマッチングアプリと決定的に異なるのは、そのマッチングの全プロセスをAIに委ねるという点にある。TinderやBumbleのような、いわゆる“スワイプ型”のアプリがユーザーの直感や選好に任せるのとは対照的に、KeeperではAIがユーザーの内面を徹底的に分析し、最適なパートナー候補を提示する。
ユーザーはまず、詳細なプロフィールの記入に加えて、複数のアンケートに回答。さらにはAIチャットツールとの対話も必要で、それらの情報を元にAIが“あなたの性格や価値観”を読み取る。その結果として導き出された相性の良い相手とだけ、マッチングされる仕組みだ。
このように、Keeperが目指すのは“数打ちゃ当たる”ではなく、「質の高いマッチング」である。
だが当然、そこには課題もある。
成功率は10%? 冷静に見れば、理想とのギャップも
Keeperは2022年創業、現在150万人以上が登録しているが、実際にプロフィールを完成させたのはそのうち30万人。この数字だけでも、利用へのハードルの高さが伺える。
公式発表によれば、KeeperのAIが紹介した相手との最初のデートで10%のカップルが長期関係へと進展。テスト段階では、63%が“相互にマッチ”したとされる。
一方で、最終的に結婚したケースはやはり10%前後。AIによる恋愛マッチングには、まだ“未完成”な部分が多いことが分かる。
興味深いのは、CEOのジェイク・コズロスキー氏がこのサービスを立ち上げた背景だ。両親の不和を見て育った彼は、「本当に相性の合うパートナーさえ見つけられれば、人はもっと幸せになれるはずだ」と考えたという。
その理想の延長線上にあるのが、AIによる結婚相手探しなのだ。
5万ドルの対価——高いのか、安いのか
このKeeper最大の特徴ともいえる「5万ドルの成功報酬」。多くの人は、この数字を見て驚くかもしれない。だが、これはあくまで結婚や同居、子育てなどの長期関係が実現した場合のみに支払う形式。つまり、最終的な成果に対する“後払い型”なのだ。
さらに、サービスの利用者は、段階的に料金を支払いながらマッチングやデート支援を受ける形となっており、この5万ドルは“封頂額”という意味でもある。
ここまで明快に「AIの結果に価値がある」と打ち出す姿勢は、他のマッチングサービスでは見られない特徴だろう。
ただし、注意したい点もある。コズロスキー氏はメディアのインタビューで、「使用している大規模言語モデルの中核部分は外部のサードパーティ製で、Keeper独自のアルゴリズムは主に初期スクリーニングのみを担っている」と明かしている。つまり、“運命の人”を選んでいるのは、Keeperが完全にコントロールしているAIではない。
この構造を考えると、「もし間違った相手を選ばれたら、誰が責任を取るのか?」という疑問も当然出てくる。
“マッチング疲れ”を救う希望か、それとも幻想か?
そもそも、なぜ今このようなAIマッチングが注目を集めているのか?
その背景には、従来型マッチングアプリの限界がある。日本でも人気のTinderやPairs、あるいは中国の探探(Tantan)や陌陌(Momo)といったアプリは、ここ10年の間にスワイプ文化を定着させてきたが、その一方でユーザーは「出会いの疲労感」に陥りつつある。
同じようなプロフィールを何十人も見て、やり取りして、結局関係は続かない——。そんな経験をした人も少なくないだろう。事実、2024年のデータによると、探探の月間アクティブユーザーは1370万人から1080万人へと減少。さらに、陌陌の有料ユーザー数も570万人まで落ち込んだ。
この状況を見越してKeeperは、「AIによる根本的な構造改革」を選んだ。
ユーザーの内面を深く理解し、長期的関係に本気の相手だけを対象とする。“出会いの質”に全振りしたサービス設計は、既存のプラットフォームとの差別化に成功しているように見える。
最後に残る問い:AIに“人生”を預けられるのか?
確かに、KeeperのようなAIマッチングは、現代の結婚や交際に新たな選択肢を与えてくれる。無駄なマッチや“脈なし”の会話を避けられるという意味で、合理性は高い。だが同時に、人生の伴侶選びという重責をAIに任せることへの不安も拭えない。
いくらアルゴリズムが発達しても、最終的に「この人と人生を共にしたい」と思うかどうかは、数字ではなく感情や直感が決めるものだ。しかも、その直感は多くの場合、出会ってみなければわからない。
AIがどれほど高性能になっても、“理想の関係を築けるかどうか”は、やはり当事者同士の努力と覚悟にかかっているのだ。
AIは人生の“地図”にはなれても、“舵取り”まではできない。
私たちは、その境界線を意識しながら、テクノロジーと共に生きていく必要があるのかもしれない。
