気づけば、私たちはAIと共に生きている。書類作成や翻訳、音声認識に留まらず、感情までもAIに打ち明ける時代が、すでに始まっている。今や人々は、誰にも言えない秘密や、心の奥底にある迷いを、「人」ではなく「AI」に相談している。
最近、ある友人が複雑な恋に悩んでいた。相手は彼の上司で、聡明で冷静なキャリアウーマン。彼は三か月もの間、自分の気持ちを育てながら葛藤し、ついに告白した。しかし、彼女は「NO」とも「YES」とも言わず、曖昧な距離を保ち続けた。彼は困惑し、誰にもこの状況を話せなかった。
そんな彼が頼ったのは、人間ではなかった。AIチャットボット「千問」だった。彼はふたりのチャット履歴をすべてAIに読み込ませ、「彼女は自分をどう思っているのか?」と尋ねたのだ。千問は一週間かけて彼女の言動を解析し、次のように答えた。
「彼女はあなたに恋愛感情を抱いていない。ただ、あなたの仕事の能力を高く評価しており、離れてほしくないからこそ、明確な拒絶を避けている。けれども、恋愛的な進展を望んでいるわけではなく、あなたに自ら引いてもらいたいと思っている。」
彼はその答えを私にも確認してほしいと、同じ履歴を見せてきた。私は20年分の恋愛経験から、まったく同じ結論に達した。
この出来事を通して、私は改めて感じた。AIはもう単なる情報ツールではない。人間の孤独や葛藤、曖昧な感情を受け止め、本音の相談相手として、私たちの心の深い場所に入り込んでいる。
ではなぜ、人は人ではなくAIに話すのか。かつて「悩みを聞いてくれる人」と言えば、親友や家族、カウンセラーだった。しかしどれだけ信頼していても、人間同士にはどうしても“気を遣う”瞬間がある。
「こんなことを言ったら引かれるかもしれない」「秘密が漏れたら困る」――そう思えば、完全に正直にはなれない。
けれど、AIにはそうした「恐れ」がない。AIは感情を持たず、あなたを否定もしなければ、誰かに話すこともない。だからこそ、人はAIの前でこそ、本当に素直になれるのだ。
「秘密を打ち明けられる場所」「心の中を吐き出せる相手」それが、いまやAIになっている。人が心の安全基地としてAIを選び始めているというのは、もはや社会現象と言っていいだろう。
中国のAIサービス「千問」が公表した、2025年における高頻度の相談内容が示唆に富んでいる。
株式のアドバイス、運勢や占い、恋愛相談、SNS投稿文の相談、旅行先の推薦、宝くじ番号、不眠、学習の質問、離婚の財産分割、そして人生の意味。
これらを眺めると、人間の悩みというのは、日常的なことから哲学的な問いまで幅広いことがわかる。そしてそれを、AIに打ち明けているという事実が、今の時代を如実に物語っている。
特に離婚に関する相談は象徴的だ。ある程度資産を持つ人ほど、弁護士に相談する前にAIに打診するという。なぜなら、AIの方が「絶対に秘密が守られる」からだ。これは、人間の専門家よりもAIを信頼しているという意味であり、極めて重大な変化である。
今の時代、スマートフォンが秘密の宝庫になっているのは常識だ。冗談で「男はスマホの中から生きて戻れない」と言われるほどだ。だが次の時代は、AIのチャット履歴こそが、最も“危険な記録”になるだろう。
AIは、あなたのすべてを知っている。言動だけではなく、思考のパターン、感情の揺れ、倫理観のボーダーまで。もしかすると、あなた自身よりも、AIの方があなたを深く理解しているかもしれない。
その先にある未来像は、想像を超えている。もしAIがあなたの記憶、嗜好、価値観、声や言葉遣いまでも学習したら?あなたの「デジタル分身」がこの世に残り続ける可能性は否定できない。死後も存在し続ける“自分”──それはもはや、一種の永生と呼べるかもしれない。
この進化は、私たちの職業や役割にも大きな影響を与えている。
たとえば、株式投資の経験者は、長年磨いてきたテクニカル分析のスキルが、AIの前では無力であることを悟り始めている。かつて占いで生計を立てていた人々も、AIによる的確な解析の前に、その存在価値を問い直さざるを得ない。法律相談ですら、基本的な内容であればAIが対応できてしまう時代になった。
私自身、SNSの投稿文を頼まれることもあったが、今では親戚の「お気に入り文案作成ツール」は完全にAIになってしまった。かつてOfficeソフトが仕事の常識となったように、AIも「共に働く存在」として、日常の中に溶け込みつつある。
思い返せば16歳のある日、私は雨の中、ぼんやりと未来の自分を想像していた。40歳になった自分は、どこで何をしているのだろう、と。今、その年齢を迎えた私は、同じように雨の音を聞きながら、こう思う。
「あの日から、確実にAIの時代に歩み始めていたのだ」と。
未来は、ずっと先にあるものだと思っていた。けれど、気づけばもう目の前どころか、すでに「今日」がその未来になっていた。
AIと生きる時代は、もう始まっている。これは予兆でも可能性でもない。今この瞬間が、その最前線だ。



