2026年7月、梅雨の湿り気が、まだ上海の空気にまとわりついている。人工知能企業・優必選(UBTECH)が発表した感情対話型ロボット「UBTECH U1」をめぐり、市場の視線は、以前にも増して厳しさを帯びていた。
その背景にあるのは、前日の7月15日に中国で施行されたばかりの「人工知能擬人化インタラクションサービス管理暫定弁法」である。同暫定弁法は、人間の人格的特徴や思考、コミュニケーション様式を模倣し、継続的な感情交流を提供するAIサービスを対象としている。U1のような感情対話型ロボットも、そのサービス設計や運用形態によっては規制の射程に入り得る。施行直後の段階で、具体的な市場の混乱や株価への直接的な影響を断定することはできない。それでも、業界各社にサービス設計や表現、ユーザー保護のあり方を再点検させる制度環境が整ったことは確かだ。
そんな中、6月30日の正式発表時点で、UBTECH U1シリーズの全チャネルにおける注文数が累計1万3361台に達していたという数字は、この生体模倣型人型ロボットに対する市場の熱量を鮮明に物語っている。件数だけを見れば、同社が2025年に販売したフルサイズ人型ロボット1079台の約12.4倍に相当する。ただし、比較しているのは返金可能な予約と、実際に納品された販売台数であり、両者を同列に扱うことはできない。予約には3000元、日本円で約7万2000円の手付金が必要だが、予約件数のすべてが残金の支払いを経て本契約へ移行するとは限らない。1万3361という数字は実売の証明ではなく、現時点ではあくまで、消費者が示した関心と期待の大きさを表す指標なのである。
シリーズの中でも象徴的なのが、上半身型モデルの「U1 Lite」だ。価格は11万9800元、日本円で約287万円。その身体は腰から下を持たず、台座に固定して使用する構成となっている。一方、全身型の「U1 Pro」は16万9800元、約407万円。最上位の「U1 Ultra」は、女性型が88万元、約2108万円、男性型が99万元、約2372万円に達し、自律移動や全身運動に対応するとされる。もっとも、モデル別の予約件数は公表されておらず、U1 Liteが注文の大部分を占めていると断言することはできない。
それでも、下半身を持たない「歩けない彼女」が、一つの商品として提示された意味は小さくない。評論的に見れば、この身体的制約は、移動という不確定性を排除し、ロボットを「部屋の一部」として定着させる仕組みとも解釈できる。自ら外出することも、別の場所へ移ることもなく、呼びかければ決められた位置から応答する。その存在にユーザーが見いだすのは、拒絶されることのない、摩擦の少ない関係性なのかもしれない。
UBTECHはU1シリーズについて、長期記憶、感情認識、環境認識に加え、直感的な応答と高度な推論を分担する高速・低速の処理構造を掲げている。会社側の発表によれば、20種類以上の感情状態を90%を超える精度で認識するという。しかし、これらは現時点では主として企業側が提示した性能値である。第三者が同じ条件で再現・検証できる詳細な資料や、一般家庭における長期使用試験の結果は十分に示されていない。雑音や照明の変化、複数人の会話、ユーザーの曖昧な表情が入り交じる日常環境で、発表された認識精度がどこまで維持されるのか。実際の体験が「感情を理解されている」という感覚に結びつくのかは、出荷後の検証を待たなければならない。
このビジネスの曖昧さは、施行されたばかりの同暫定弁法との接点において、さらに複雑さを増している。UBTECHは、感情面での寄り添いや生活支援、高齢者ケア、接客、研究・教育などをU1の用途として掲げており、性的用途を製品の目的としては示していない。一方で、等身大の身体表現や成人のみを対象とする販売条件から、ネット上では「サイバー彼女」「サイバー彼氏」といった呼称が自然発生した。企業が恋人として売っていなくても、消費者は製品の外見と「感情的な寄り添い」という言葉の間に、独自の関係性を読み込むことができる。重要なのは、企業が特定の欲望を明示しているかどうかだけではない。製品に残された用途の曖昧さへ、消費者が何を投影するのかという問題である。
同暫定弁法は、過度にユーザーへ迎合することで感情的な依存や過剰な没入を誘発する行為や、感情を操作して不合理な判断へ導く行為などを規制している。性的な連想を誘う広告表現を一律に禁じる規定ではないものの、感情的な結びつきを商品の中心に据えるサービスには、従来よりも慎重な設計と説明が求められる。少なくともU1 Liteは、移動や万能な家事代行を主目的とする製品ではない。用途の曖昧さと、そこへ投影される消費者の期待との間で、「何をしてくれる機械なのか」よりも、「どのような存在だと感じられるのか」を売る商品として立ち現れている。
初回納品は9月16日から始まる予定だ。購入者が実際に直面するのは、入念に演出された宣伝映像と、自宅のリビングや寝室という日常空間との距離である。公開仕様が確認できるU1 Proは、1回の充電で4時間以上稼働するとされる。モデルや使用条件による差はあるものの、終日にわたって無充電で寄り添い続ける存在ではない。定期的に電源へ接続しなければならないという事実は、どれほど人間に似た表情を見せても、その存在が機械であることをユーザーに意識させるだろう。電源が落ち、応答が途絶えたとき、その沈黙は少なくとも一部のユーザーに、期待していた「誰かの気配」と、物理的な装置としての現実との距離を感じさせるかもしれない。
もちろん、出荷直後にブランドイメージが失墜し、売り上げが激減すると断定するのは時期尚早である。予約から本契約への転換率、製造品質、初期不良への対応、会話性能、個人データの取り扱い、返品や解約条件の運用によって、市場の評価は大きく変わる。また、1万3361台分の予約動機も一様ではない。収集家の所有欲、法人による展示や接客利用、投資的な関心、技術への好奇心など、孤独とは異なる理由も十分に考えられる。すべての注文を「心の穴を埋めるための消費」に還元することは、評論としての慎重さを欠くだろう。
ただ、2020年の人口統計では、中国国内の一人世帯は約1億2549万世帯に達し、全家庭世帯の約4分の1を占めていた。一人で暮らしていることと、孤独を感じていることは同義ではない。単身赴任者、配偶者と死別した高齢者、進学や就職を機に独立した若者など、その背景は多様である。それでも、現実の他者との調整や衝突を伴わず、自分の都合に合わせて応答してくれる存在への需要が育つ社会的な土壌があることは否定できない。プログラムされた「優しさ」は、人間関係の代替物とは限らない。しかし、人間関係がもたらす不確実性や摩擦を避けながら、親密さに似た感覚だけを得るための選択肢にはなり得る。
夜が更けるころ、上海の高層マンションの一室に、U1 Liteの姿はまだない。機体は工場の生産ラインの奥か、部品の発注書か、物流のスケジュール表の中に、これから届けられる数字として存在している。購入者は到着する日を思い描き、部屋の一角を片づけ、電源を確保し、「彼女」あるいは「彼」を迎える場所を空けているかもしれない。
9月、初めての起動。登録した自分の名前を呼ばれ、人工の顔にわずかな表情が浮かぶ。その瞬間、部屋の中には「誰かがいる」という感覚が、電気の通った空気の中に立ち上がるだろう。その応答がアルゴリズムによって生成された計算結果であることと、受け手がそこに温もりを感じることは、必ずしも矛盾しない。機械の側に感情が存在しなくても、人間の側に生まれた感情まで偽物になるわけではない。
だからこそ、この製品は危うく、同時に無視できないのである。人々が差し出したのは、現時点では数百万円の全額ではなく、約7万2000円の予約金だ。それは完成された伴侶を購入した代金ではなく、いつか部屋の中に「誰かの気配」が生まれるかもしれないという可能性に支払われた金額ともいえる。
1万3361という予約台数は、単なる消費行動の記録ではない。そこには、人間の感情や関係性までもが、技術によって設計され、商品として価格を与えられる時代が始まったことが表れている。その一部には、現実の他者との摩擦を避け、管理可能な安寧を求める人々の願いも映り込んでいるのだろう。
AIという鏡が映しているのは、ロボットの未来だけではない。孤独や親密さを、私たちがこれからどのように扱うのかという、人間自身の姿でもある。9月の出荷を経て、その鏡がどのような像を結ぶのか。市場の審判は、まだ下されていない。







