2025年7月、Adobeが再び映像制作の概念を覆すニュースを発表しました。生成AI(ジェネレーティブAI)を活用した新しい映像制作ツール群が、Adobe Fireflyに本格導入されたのです。そのなかでも特に注目したいのが、音と映像構図の生成を高度に制御できる「Generate Sound Effects」および「Composition Reference」と呼ばれる新機能群。映像制作における労力を軽減しながら、創造性を損なわない絶妙なバランスを見せつけています。
今回は、この革新的ツールが実際にどのようなことを可能にし、現場にどのような変化をもたらすのか。Adobeの発表内容をベースに、その詳細を紐解いていきます。
「音の演出」がここまで直感的になるとは——Fireflyの音響生成革命
まず最初に注目したいのは、現在テスト段階にある音声生成ツール「Generate Sound Effects」です。これは、映像内の動きにぴったりとマッチする音を生成AIが自動的に作り出すというもので、Firefly内で提供される新機能のひとつです。
例えば、馬がアスファルトの上を歩く映像に対し、「馬蹄踏在混凝土上(馬の蹄がコンクリートを踏む音)」というテキストを入力するだけで、AIがその動きに同期した複数の効果音を生成してくれます。従来であれば、効果音素材を探し、タイミングを手動で調整し、音質の調整まで行う必要がありました。それがこのツールなら動画編集のタイムライン上で、リアルタイムに音と映像を合わせることが可能になるのです。
この機能の核となっているのは、**Adobeが2023年10月に発表した「Project Super Sonic」**という実験プロジェクト。当時はあくまで構想段階でしたが、今回の実装により、環境音・インパクト音のリアルな生成が実現されました。音の種類も実に多彩で、木の枝が折れる音、足音、ファスナーの音などのインパクト系音から、街中の雑踏、風の音、鳥のさえずりなどの環境系音まで幅広く網羅しています。
ただし注意点もあります。現時点では人の声を生成する機能には未対応であり、ナレーションやセリフの自動生成まではカバーしていません。それでも、現場での録音が難しいシーンや、ポストプロダクションでの音の追加作業において、このツールが大きな助けになることは間違いないでしょう。
画面構図もAIがアシスト——「Composition Reference」と「Keyframe Cropping」が切り開く映像の新世界
映像制作におけるもうひとつの重要要素——それが画面構図です。そして今回、Adobe Fireflyに搭載された新機能「Composition Reference(コンポジション・リファレンス)」は、この要素に劇的な進化をもたらします。
この機能では、ユーザーが参考にしたい動画をアップロードすることで、その画面構図を模倣した動画をFireflyが自動生成してくれます。つまり、「こういうアングル・こういうシーンの雰囲気を作りたい」というイメージが明確にある場合、それを言葉で説明する必要がなく、映像そのもので指示ができるということ。これはテキストベースのプロンプト生成では実現が難しかった「構図の精密な再現性」において、極めて大きな進歩です。
さらに、「Keyframe Cropping(キーフレーム・クロッピング)」という機能も同時に実装されています。こちらは、映像の最初と最後のフレームを指定することで、その間の映像をFireflyが自動生成するというもの。簡単に言えば、「始まりと終わりを決めるだけで、その間をAIが補完してつなげてくれる」のです。映像演出の中で最も手間がかかる中間の動きの構築を、AIが肩代わりしてくれるというのは驚き以外の何物でもありません。
多彩なスタイルで魅せるFireflyの表現力
Fireflyはただ実用性に優れているだけではありません。「表現の幅を広げる」という点でも非常に優れた進化を遂げています。今回新たに追加されたスタイルプリセット群には、**アニメ調、ベクターアート、クレイアニメ(粘土風)**など、個性的で多彩なビジュアル表現が用意されています。
これらはワンクリックで映像全体に適用でき、初心者でも簡単にスタイルの統一が図れます。特にアニメ調やベクターアートは、広告・プロモーション映像との相性が抜群で、少人数のチームでも高品質なビジュアルを短時間で制作可能です。
ただし現時点では、これらのプリセットはAdobe Firefly独自の動画生成AIモデルでしか使用できないという制約があります。つまり、外部のサードパーティーAIモデルとの互換性はまだ不十分。クレイアニメなど一部のスタイルでは生成された映像の品質にやや粗さが見られるという課題も指摘されていますが、Adobeはこれを重要な改善ポイントと捉え、今後さらなるアップデートが予定されているとのことです。
未来のクリエイティブを変えるのは「Adobe Firefly」
こうした一連の機能を見ると、AdobeがFireflyを単なる「動画生成ツール」としてではなく、プロフェッショナルが日々向き合う「制作の手間」と「創造性のジレンマ」を解決する本格的なプラットフォームとして設計していることがよくわかります。
しかも、これらの機能は今後さらに進化していく予定であり、音声生成機能や、サードパーティーとの連携、より高精度な構図解析など、多くの可能性が広がっているのです。
これは、YouTuberや個人クリエイターに限らず、広告制作会社や映像プロダクション、大手メディアまでが注目すべき技術革新と言えるでしょう。
AIは「補助」から「共創」の時代へ
AdobeがFireflyに込めた思想は、「AIによる共創」というビジョンに他なりません。音を、構図を、スタイルを。人間の創造力にAIが寄り添い、補完し、拡張する。その象徴が、今回のFireflyの機能群なのです。
生成AIという言葉がバズワードとして消費されがちな今、本当に価値ある技術とは何かを問い直すきっかけにもなったこのアップデート。Adobe Fireflyは、映像制作という営みに新しい未来をもたらす「共創の道具」として、間違いなく歴史に名を刻む存在となるでしょう。