AGI(汎用人工知能)の時代がもたらすのは、かつてない経済的繁栄か、それとも人類にとっての深刻な危機か。イェール大学の経済学者 Pascual Restrepo の最新研究は、私たちの常識を根底から揺さぶる。
これまで「GDPが成長すれば賃金も上昇する」と信じられてきた。しかしAGI時代には、経済は算力によって拡張し続ける一方で、人間の賃金は 「算力コスト」 に固定され、成長と完全に切り離されるというのだ。
賃金を決めるのはスキルではなく「算力コスト」
従来の経済学では、他人が代替できないスキルが高い報酬を生むと考えられてきた。しかしAGI時代には、外科医やプログラマー、アーティストでさえ、その技能を再現するために必要なGPUの数 が賃金の上限を決定する。
つまり、どれほど高度なスキルを持っていても、算力が安価に再現可能ならば報酬は上がらない。NVIDIAの黄仁勋CEOが「AI推論モデルの算力需要は現在予測の100倍に達する可能性がある」と語った通り、労働はすでに算力と等式で結ばれつつある。
GDP成長と賃金の乖離——労働価値はゼロに
Restrepoのモデルによれば、ボトルネック業務がすべて自動化されると、GDPは算力に比例して拡張する。しかし労働の価値は急激に低下し、やがて 労働のGDPシェアはゼロ、算力資本のシェアは一 に収束する。
これはまさに産業革命期に土地と機械が富を独占した構造の再来だ。今や データセンターとGPUが新たな地主 であり、マイクロソフトやグーグル、アマゾンといったテック巨頭が数十億ドル規模の投資で経済の命脈を握り始めている。
算力資本が独占する未来と「付随的な仕事」
では、人間は完全に不要になるのか。Restrepoは「付随的な仕事(accessory work)」の存在を指摘する。これは経済成長を左右しないが、社会的には価値を持つ仕事だ。
介護や心理ケア、芸術、宗教活動、地域コミュニティの交流など、算力が「割に合わない」と判断する領域 が人間に残される。実際、大阪大学の研究では、介護ロボットが一時的に高齢者の孤独感を和らげることが確認された。しかし、最終的に人間同士の温かさには代替できなかった。
とはいえ、これらの仕事の報酬は算力コストに縛られ続け、経済成長と連動することはない。人間は経済の中心から外れ、周縁的な存在に押しやられる のだ。
富の分配をどうするか——算力資本と社会制度
AGIがもたらす最大の課題は「富の分配」である。労働が価値を失うなら、経済成長の果実はすべて算力資本の所有者に集中する。これを是正するためにRestrepoが提案するのが、ユニバーサル・ディビデンド(全民分配) だ。
ノルウェーの石油基金が資源収益を国民に還元してきたように、算力を公共財として扱い、その利益を広く分配する仕組みが必要になる。さもなければ、AGIの繁栄は一部のテック資本の独占的な祝宴に終わり、大多数の人々は「経済にとって無関係な存在」として取り残されてしまう。
AGI時代に問われる「人間の意味」
イェール大学の研究が突きつけるのは、失業よりもさらに深刻な問題だ。AGI時代の本当の危機は、人間が経済にとって無関係な存在になることである。努力しても報われず、成果を出しても算力に換算されるだけ。
それでも私たちに残るのは、数字に置き換えられない「温もり」や「人間関係の意味」をどう守るかという問いだ。経済は膨張し続けるが、人間が無関係にされる社会に未来はあるのか。