2025年5月、米シアトルで開催された「Microsoft Build 2025」。ここで発表された数々の技術革新の中でも、ひときわ注目を集めたのが**「Microsoft 365 Copilot Tuning」**の発表です。

それは単なるAIツールの追加機能ではなく、企業自身のデータによってAIを調教(チューニング)し、より高度かつ業種特化のタスクに適応させることを可能にする、新しいAI活用の枠組みを提示するものでした。

この機能が意味するところは一体何なのか?本記事では、その本質とインパクトを、プロの視点から掘り下げていきます。


データの力でAIは進化する──Copilot Tuningとは何か

Microsoft 365 Copilot Tuningは、企業ユーザーが自社内の専用データを活用し、AIモデルに“微調整”を加えることができる新しいサービスです。これにより、従来の汎用的なAIとは異なり、業種や業務内容に特化したインテリジェントなアシスタントの構築が可能となります。

たとえば、法律事務所がこのチューニング機能を使えば、顧客ごとの契約書のニュアンスやリーガル文書の構成などを、モデルが理解しやすくなるよう調整することが可能です。その結果、Copilotが生成する文書の精度が飛躍的に向上し、実務レベルで即戦力となるのです。

あるいは、航空業界のような国際規制と地域要件が複雑に絡み合う業種では、ローカルルールや専門用語を理解したAIを育てることができます。このようなカスタマイズが、ついにノーコードに近い形で可能になるのです。


革新の入り口──早期導入者プログラム

この新機能は、誰でもすぐに使えるわけではありません。まずは、2025年6月からスタートする**「早期導入者プログラム」**を通じて、選ばれた企業に段階的に提供されます。

ただしこのプログラムには条件があります。5,000件以上のMicrosoft 365 Copilotライセンスを保有する企業が対象です。この数字が示すように、まずは大企業やグローバル企業を中心に展開されることが想定されています。

だが、それは逆に言えば、最もAIを業務に活かすことが期待される層から着手するという戦略的判断でもあります。社内に膨大なナレッジや非構造化データを抱える大企業こそが、AIの微調整によって得られるメリットを最大化できるからです。


チューニングだけじゃない──多エージェントの時代へ

今回のBuildでは、Copilot Tuning以外にもいくつか重要なアップデートが併せて発表されました。その中でも特筆すべきは、**Copilot Studioにおける「多エージェントの編成機能」**の公開プレビュー開始です。

これにより、Copilot Studioで構築した複数のAIアシスタントが、部門横断的に連携・協業し、タスクを分担しながら一つのプロセスを完了させることが可能になります。

たとえば、人事、情報システム、マーケティング部門のそれぞれにCopilotが存在するとしましょう。新入社員の入社処理という一つのプロセスに対し、それぞれのCopilotが専門分野に応じたタスク(アカウント発行、研修案内、歓迎資料の作成など)を自動分担して実行するという、極めて効率的かつ合理的な働き方が実現するのです。

これはAIアシスタントの可能性を、個別タスクから**“協働型パートナー”へと格上げする進化**だと言ってよいでしょう。


さらに広がるAIの裾野──Azure AI Foundryとの連携

Microsoftはこの進化の背景として、Azure AI Foundry Modelsとの統合も進めています。今回、1,900以上のAIモデルがCopilot Studioに新たに追加され、企業が利用可能なアルゴリズム資源は大幅に拡充されました。

このことで、業種や業務に応じたチューニングモデルのベース選定も、より多彩で柔軟なものとなり、パーソナライズされたAIの構築が現実的な選択肢として浸透していくでしょう。


安全と統制──Microsoft EntraとPurviewによる管理性の強化

AI導入において企業が最も気にするのが、セキュリティとガバナンスです。この点についても、Microsoftは強化策を講じています。

Copilot StudioまたはAzure AI Foundryで作成された各AIアシスタントには、Microsoft Entraによる「エージェントID」が割り当てられ、IT部門による厳格なトラッキングと管理が可能となります。

さらに、Microsoft Purviewの情報保護機能がCopilot Studioにまで拡張され、Microsoft Dataverseを使用するシナリオにおいてもデータ保護の一貫性が担保されるようになりました。

これにより、AI導入を進める企業にとって「安心して任せられるAI」の基盤が、制度的にも整いつつあると言えます。


AIは次のステージへ──ビジネスに根ざしたCopilotの可能性

今回のMicrosoft 365 Copilot Tuningの発表は、単なる新機能の追加というよりも、“企業内で自律的にAIの性能を育てる”というビジョンの実現に他なりません。

AIが人間の業務を補佐する時代から、共に成長し、学び合うパートナーとしての位置付けへとシフトしていく。その転換点が、今まさに訪れています。

Microsoftはこの潮流を明確に見据え、企業が持つデータと知識の価値を、AIという形で再定義する力を我々に提供しようとしているのです。

AIがオフィスの“頭脳”となる日は、すでに始まっています。そして、その知性に企業独自の色を加えることこそが、次世代の競争力を生む鍵になるでしょう。


これからの企業IT戦略において、Copilot Tuningはまさに**「AIを業務の一部として迎え入れるための最適解」**となる可能性を秘めています。次にCopilotがあなたの業務に登場する時、それはもうただのツールではなく、あなたのチームの一員になっているかもしれません。