人類の音楽史に、静かだが確実に時代を分ける瞬間が訪れた。
AI歌手「Xania Monet(ザニア・モネ)」がBillboardチャート入りを果たし、史上初のAIアーティストとして電台ランキングに名を刻んだのだ。そのニュースは一夜にして業界を揺るがせ、ファンの間でも激しい賛否両論を巻き起こした。

Monetの代表曲「How Was I Supposed to Know?」は、シルキーなR&Bサウンドと完璧すぎる歌唱で注目を浴び、11月1日にBillboard Adult R&B Airplayチャートで30位にランクイン。その後、Hot R&B Songsで20位へと急上昇し、さらに300万ドル(約4.5億円)のレコード契約を獲得するまでに至った。
しかし、この快挙は「祝福」よりも「怒号」を呼んだ。格闘するように音楽を作り続けてきた人間アーティストたちは、このニュースをどう受け止めたのか。


実はMonetの背後には、ひとりの女性詩人の存在があった。彼女の名はTelisha “Nikki” Jones。31歳、ミシシッピ州出身。デザインスタジオの経営者であり、幼少期から教会の聖歌隊で歌ってきた彼女は、AIを「筆」として使う新世代のクリエイターだ。
Jonesは自ら作詞作曲した楽曲をSuno AIという生成音楽プラットフォームに入力し、AIによってボーカル化。さらに自分の声やリアルな環境音をミックスして、まるで生身のアーティストが歌っているような仕上がりを実現した。結果としてMonetの音楽はSpotifyで月間120万人のリスナーを抱え、再生回数は4400万回を突破。
この「AI+人間」のハイブリッド制作体制が、スピード・コスト・クオリティの全てで人間アーティストを凌駕しているのだ。


だが、AIが放つ光の裏には、影もまた濃い。
グラミー受賞歌手SZAは激しく反発し、「AIが私たちの音楽を貶めている」と公然と批判。
同じくR&BシンガーのKehlaniも「300万ドルの契約は音楽への冒涜だ」と怒りを露わにした。彼女たちにとって音楽とは、人生と感情そのもの。無数のリハーサルと挫折の上に築かれた「人間の響き」であり、それを無表情なアルゴリズムが奪うことなど許せないのだ。
一方で、ポジティブな見方をするアーティストもいる。歌手JoJoは「AIの波は止められない。むしろ共存の方法を探るべき」と語り、AIをバックコーラスやサウンドエフェクトとして活かすアイデアを示した。音楽は進化を拒めない。そう信じる彼女の姿勢が、少数派ながら新しい希望を感じさせる。


この論争の中心に立つもう一人の人物が、プロデューサーのTimbalandだ。彼はAIミュージックを「A-Pop」と名付け、Stage Zeroという会社でAIアーティスト「TaTa」をデビューさせた。Timbalandはこう語る——
「AIによって3か月かかる制作を2日で終えられる。もはや私は音楽を作るだけでなく、世界を創造している」。
AIがもたらす効率は驚異的だ。だが、それを見て「人間の魂を踏みにじる」と憤るのがWes Beatsのようなプロデューサーだ。
「長年技術を磨いてきた音楽家への一撃のビンタだ」と彼は言う。
この言葉が象徴するのは、AI音楽が業界にもたらす倫理的な痛みである。


さらに問題を複雑にしているのは、「AIによる無断模倣」だ。
英国のシンガーEmily Portmanは、自分の名前でSpotifyやiTunesに突然アップされたアルバム『Orca』を発見する。だがそれは彼女が作っていない。「明らかにAIによる偽物」であり、曲名も彼女の過去作を模倣していたという。
完璧な音程、緻密なサウンド——それらは人間には不可能なほど「正確」だったが、彼女はそれを“空洞な完璧さ”と評した。
「私はそんなに完璧に歌えない。でも、それでいい。私は人間だから」。
この事件が示したのは、AIが生み出す音楽がどれだけ精緻でも、「魂」の部分ではまだ人間には届かないという現実だ。

Emily Portman
Emily Portman

同じようなショックを受けたのが、ウェールズのロックバンドHolding Absence。彼らは自分たちの音楽を学習したAIバンドにSpotifyの再生数で敗北した。ボーカルのLucas Woodlandは「これは侮辱だ」と怒りを隠さなかった。
さらには、1989年に亡くなったカントリー歌手Blaze Foleyの名義で「新曲」がリリースされるという怪事件まで発生した。AIが死者の声を“蘇らせる”時代に、アーティストの尊厳とは何を意味するのか。答えはまだ見つかっていない。


そして、AI音楽がどこまで「人間的」になっているかを測る興味深い実験がある。ブラジルのミナスジェライス連邦大学(UFMG)の研究では、AIが作った音楽と人間の曲をブラインドテストで比較したところ、人々は区別できなかった
AIはすでに「音楽のチューリングテスト」を突破しつつある。
それでも、AIが本当の意味で「人の心を動かす音」を奏でられるかは、まだ未知数だ。


最後に、MonetのマネージャーであるRomel Murphyの言葉を紹介したい。
「私たちは“AIの音楽”ではなく、“良い音楽”を作っている。聴く人が感動すれば、それが全てだ。」
この言葉は、AIと人間の対立を超えた地点にある。AIが作る曲も、感じるのは結局“人間の耳”なのだ。

AIが歌い、人間が涙する。そんな時代がもうすぐ訪れるのかもしれない。
だがその瞬間、私たちは問わねばならない。
――それは本当に、人間の心の声なのか。