近年、テクノロジーの進化は我々の日常を目まぐるしく変えている。その象徴のひとつが、カメラやAI機能を搭載した「スマートグラス」だ。MetaとRay-Banが共同開発した製品をはじめ、Googleや新興企業も市場参入を狙い、手ぶらで撮影や通話が可能なウェアラブル端末が続々と登場している。しかし、その華々しい未来像に対し、Z世代を中心とした若者たちの警戒心は日に日に高まっている。
アメリカで大きな議論を巻き起こしたのは、ニューヨーク・マンハッタンの美容サロンで起きた出来事だ。あるTikTokユーザーが施術を受けに訪れたところ、担当の美容師がカメラ付きのMeta Ray-Banを着用していたことに気づいた。美容師は「充電が切れている」と説明したものの、利用者は強い不安を覚え、その後ネットで体験を共有。瞬く間に広がったこの話題は、「知らぬ間に撮影されるのではないか」という社会全体の不安を一気に可視化した。
Meta側は「撮影中はインジケーターランプが点灯し、センサーが遮蔽の有無を検知する仕組みを備えている」と説明する。しかし一方で、ランプを意図的に無効化する方法がネット上で共有されている事実があり、その安全策を額面通りに受け止める人は少ない。実際、22歳のニューヨーク在住の若者は「光るランプがあっても不安は拭えない」と吐露している。
この懸念の背景には、世代ごとのデジタルリテラシーの違いが色濃く表れている。ミレニアル世代がSNSでの自己開示に比較的積極的なのに対し、Z世代は公開範囲に敏感で、投稿前にリスクを慎重に吟味する傾向が強い。大学入試や就職活動までもがデジタル上で評価される時代において、一度拡散された映像や写真が将来に与える影響は計り知れない。だからこそ、彼らは日常会話が許可なく記録される可能性に、より敏感に反応するのだ。
もちろん、スマートグラスが持つ可能性を完全に否定する声ばかりではない。コンテンツクリエイターにとって、街頭インタビューやレストランレビューを手ぶらで自然に撮影できる利便性は大きな魅力だ。しかし、こうした一部の用途の裏側で、一般市民が「常に監視されているかもしれない」と感じる社会は、本当に望ましい未来と言えるのだろうか。
IT之家が引用する非営利機関Data & Societyの研究者アリス・マーヴィックは、「Z世代はデジタル社会での予期せぬ曝露やハラスメントを強く意識している」と指摘している。つまり、プライバシーに対する敏感さは単なる気まぐれではなく、時代背景と社会的要請に基づく合理的な反応なのだ。
テクノロジーは進歩を止めない。カメラ、マイク、AIアシスタントを搭載したスマートグラスは今後さらに高性能化し、生活のあらゆる場面に浸透していくだろう。しかし、それを歓迎するか拒むかは世代によって分かれる。現実に、「便利さ」と「監視社会化」の狭間で揺れる若者たちの声が、今まさに未来のウェアラブル市場の行方を左右しようとしている。
プライバシーを侵害しない透明性の確保と、ユーザーの信頼を得るための設計思想。これらが欠けたままでは、どれほど革新的なデバイスも社会に受け入れられることはない。スマートグラスの進化は、単なるガジェットの話題にとどまらず、私たちがどんな社会を望むのかという根源的な問いを突きつけているのだ。